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7DOORS 3/25 17:00

4回目のお城訪問でした。

また、つらつらと思ったことを書き連ねます。
また、ネタバレありです。
また、最後はまとまっていません(^^;





今回はセンターブロック。
お友達から頂いたのですが、おそらくは劇場内で一番良い席だと思われる数席のうちのひとつでした。

あ、かぶりつき最前列!とかじゃないですよ?(笑)
あの円形劇場において、前後としてもほぼセンター、左右としてもほぼセンター、円の中心あたり。
芝居を観る・・・という意味では最良のお席ですよね。

というわけで、とってもストレスフリー。
顔を横に向けなくても、上に向けなくても、登場人物やセットが視界全体に入ってきます。
誰かの邪魔になって誰かが見えない・・・ということも無い。
(SUGI様の真後ろに立つユディットはちょっと隠れたりしましたが)

細部まで凝ったセットと、それを活かす照明・・・浮かび上がる影や揺らめく水面、アラベスクのような文様の美麗さ。
そしてなにより、城を包む音の深さを感じることが出来ました。

プロローグ、SUGI様のバイオリンで奏でられる荘厳で流麗なメロディ。
扉のそこここで聞こえる、神経が軋む様な異音。
廃墟のような城に吹く冷たい隙間風のような・・・深淵から誰かが密やかに呼んでいる声のような音。
本物の水滴が作る音、跳ねる音、流れる音。
そして執事が手にする鍵の、チャラチャラという不快な金属音。
すべての音が合わさって、妖しくも悲しい公爵の城が存在している。
この音のうち、どれかひとつでも欠けたらこの世界が成り立たなくなるんじゃないか、城が崩れるんじゃないか・・・そんな風にさえ思いました。

そしてもし、これらの城を包む音が公爵の苦しみを表しているとするならば、ユディットの歌(ストレイシープ、ヴェルレーヌの詩、讃美歌)の清らかさには、公爵の希望・憧れ・救いの意味が込められているのかもしれない。
エンディングで白い公爵の衣装をまとったユディットのバックに流れる曲は、プロローグの曲と同じメロディです。
けれどもバイオリンでは無く、こちらはピアノの音で奏でられている。
ユディットが公爵の後継者なのか、まったく別の存在かは判らないけれど、衣装だけでなく音楽からも“同じ存在では無い”ことだけは確かだとわかりますね。

この作品はミュージカルじゃないのに、歌がところどころに入る。さらにはダンスも・・・
そこに違和感が無いのは何故だろうかと初日の頃は思っていました。
水夏希という女優がもともとミュージカル出身だと知っているせいかな?とも思ったけれど、おそらくは最初からひとつの音楽の流れに酔わされているんだと思います。
幅広い音に揺さぶられながらも実は巧みに制御された流れの中に(つまりSUGI様の計算の中に)漂って、そのままダンスや歌になるから違和感を感じない・・・あぁ、ダンスや歌も音楽の中にあるんだなぁ~というようなことも考えながら観ていました。

・・・・・・と、ここでお気付きになった方もいらっしゃるかと思いますが、実はとても良い席だったにも関わらず・・・いえ、良い席だったからこそ妙に冷静に観ていた私でした。
セットとか照明とか、音を分析しちゃってね(^^;
ストレスフリーの席は快適でしたし、一度しか観ないという方なら断然オススメ。
でも何と言いましょうか、この作品はサイド席や斜めなど、ある意味不安定さを感じながら観るのも醍醐味のひとつかもしれない・・・と思ったのです。
観れない角度の表情に想像(妄想?)を掻きたてられたり、真正面から射さない光の重なりや、逆に深い闇に見えないもののうごめきを感じたり・・・そういう楽しみもある作品なんだなぁと思ったのでした。

ひとつ、センターから観られて本当に良かったな・・・と思ったのはダンスシーンです。
(初日もセンター席だったのですが、初見ではそこまでは判らなかったので)
このダンス、同じ振り付けが2回でてきます。
罪人がユディットの背後から太ももに手を伸ばして膝を割らせるところなんですが・・・
1度目は本気で嫌がる表情を見せるユディットが、2度目にされる時はもう彼に流されかけている・・・抵抗していないんですよ。
この2つの表情の違いは、おそらくセンター席からしか判らないと思うんです。
その後でハッと我に返って彼から逃れて、泣きそうな顔で神に許しを求めるように天に両腕を伸ばすユディット。
けれど許しは訪れず、彼の腕の中に捉えられる・・・

ユディットの女としての脆さ・・・葛藤・・・
敬虔なクリスチャンではあっても、決して聖女ではないことが判ります。

きっと妹と同じように飢えに苦しみ、弟たちと同じように裕福な者を妬んだはず。
実父を殺した相手を憎んだだろうし、勤勉に働きながらも「父や兄のように手を抜きたい。本当の娘だったら」と思ったこともあるでしょう。

「私は公爵に選ばれたのよ!」
そう言って喜ぶユディットは生身の、普通の娘。

でも公爵にとっては希望の光であり、実際に彼の望みをかなえる存在だった。

「私は本当に必要とされているのでしょうか?」
「神がお前を選んだ」

この言葉はユディットにはどう聞こえたんだろうか。
3人の前妻たちには出来なかったことを成し遂げた時にどう思ったんだろうか。
他の妻たちとユディットの違いは何だったんだろう?
「傲慢」だったこと?

でも、それだけじゃないと思う。
というより、人間の背負う罪はひとつじゃないんだと思う。
最後の「ときの間」で公爵の言葉を7人の従者=罪人たちが代弁しているのは、SUGI様の台詞量を軽減するためではなく(まぁそれもあるかもしれないけど^^;)
公爵は傲慢であり、かつ暴食で肉欲で強欲で怠惰で憤怒で嫉妬・・・でもあるんだろう。
つまり、人間そのものなんだと思う。

それはユディットも同じで・・・同じ人間で・・・まぶたの裏と表で・・・
人間は愚かで、自ら犯した罪から目を背けて隠蔽して、忘れ切ることなんか出来ないのに忘れた振りをして、その上に胡坐をかいて夢心地・・・
エンディングの彼女は、ユディットじゃなくて公爵でもなくて、選ばれた特別な存在でもなく、人類すべてを表している。
本当に愚かで情けない存在。


でも、ユディットが公爵を救ったように
人間は人間を救うことが出来る・・・


そんなことを思ったのでした。







思ったのでしたが(続くんかい!?)


哲学的なことを離れて、ユディちゃんの物語として考えると切なくてねぇ。

“強欲”役の陰山さんがユディ父を演じていて、“憤怒”役の菅原さんがユディ兄なのは演出家の意図でしょうけど。
父親の「娘を金で売る」強欲さはリンクしているなぁ~と思っていたのですが、ユディ兄は父に対して怒っているというより諫めているだけだよな・・・と思っていたのです。
でも“憤怒”の罪人も元々は正義漢なんですよね。
それが行き過ぎて殺人鬼になったわけですから・・・敬虔なクリスチャンであり「ユディットを守る」という兄も、本当にわずかなボタンの掛け違いでユディットを襲う側になってしまうんだろうなぁ、と考えると・・・

義理の父親に犯されかけ、兄からの隠しきれない情欲を感じていたであろうユディット。
「生きることは苦しいだけだった」というユディット。

あんなに憧れていた(←階段に座って夢見る夢子ちゃんしてる表情が可愛くてたまらんv)公爵に嫁いだのに、一方的に「救って欲しい」って・・・

勝手だよぉ、公爵(;;)


「外に出たくて・・・」という羊飼いのユディちゃんの歌声が耳から離れません・・・

水夏希・水ちゃん | 【2012-03-26(Mon) 19:28:41】 | Trackback(-) | Comments(-) | [編集]

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